鎌倉 ~ 日蓮の史跡 [写真]
長谷寺に行ったついでに、以前から行ってみたかった、日蓮の史跡巡りをしようと思い立った。史跡と行ってもたくさんあるので、とりあえず辻説法の場所と、安国論寺と、白い猿に導かれたという逸話のある法性寺だけ押さえようと思った。江ノ島の方に竜の口刑場というのもあるらしいのだが、処刑場だし、江ノ島は下手をすると超混雑する可能性があると思ったので、鎌倉駅周辺を巡ることにした。
長谷寺から江ノ電に乗って鎌倉駅に戻る。
まずは辻説法の場所を探す。今回は事前に住所をメモっておいたが、意外と迷う。迷っている途中に本覚寺というのがあったのでついでに寄ってみた。
ここは日蓮の遺骨が分骨されており、「東身延」と呼ばれているらしい。しかし、どこに遺骨があるのか全く案内板がない。
ここは社務所っぽい。
ここは夷堂といって有名らしいのだが、ここなのかな?違うような気もするが一応写真に収めた。
このなんかぱっとしない建物だろうか?いちおう写真に収めた。
結局よく分からず、ここは当初の目的ではなかったので探すモチベーションもなかったので答えが分からないまま先を急いだ。(あとでネットで調べたら、どうやら最後の写真の建物がそうらしい)
住所表示をたよりに探したがなかなか見つからない。途中、川があったが、何気ない民家の風景なのに鎌倉はきれいだ。
小町2-22という住所に到着し、しばらく行くといきなりあった。
辻説法というだけあって、なるほど道路に面している。しかし、こんな路地裏のようなところで説法して、聞く人はいたのだろうか。
次に、当初の目的にはなかったが、駅でもらった観光パンフレットを見ると近くにあったため、妙本寺というところにも寄ってみた。
ここは特に日蓮の史跡という訳ではないようなのだが、結構大きなお寺だった。
ここでもあじさいが結構咲いていて、長谷寺からの流れでついシャッターを押してしまったが、そんなにあじさいばかりとってもしょうが無いと思い自重することにした。
次は安国論寺を目指した。思ったほど遠くは無かったように思う。現地について分かったのだが、安国論寺と妙法寺と長勝寺はごくごく近くにあり、いずれの場所も、日蓮が立正安国論を書いたという松葉ヶ谷草庵の跡と主張しているそうだ。これには面食らった。どこかに決めてほしいものである。
サザンカの老木。天然記念物らしい。
本堂。
ここは何ですかね。洞窟です。
どうやらここが執筆場所のようだ。
ヤマザクラの古木。
この中でしょうかね、執筆場所は。よく分かりません。というか、日蓮宗の寺院はあんまり案内がよくなく、もしかしたら観光客に対してあまりウェルカムじゃないのかなと思ったりしました。
富士見台というところがありますが、この日は見えませんでした。ここまで来るのに超きつい階段を上る必要がありました。おばあちゃんとかだったら上れないなと思いました。鎌倉はこのての超きつい階段や坂道が多いような気がする。昔の人は足腰が強かったのだろうなと想像した。
唐突感のある、異国の顔をしたお釈迦様。
これまた唐突感のある仏足石。長谷寺にもあったので、これを置くのがトレンドなんでしょうか。それにしてもどでかいのですが、これは実寸大なんでしょうか?お釈迦様って巨人だったのかな?足だけでかかったのかな?
次に、妙本寺に行きました。主張してます。
本堂です。実は、この先にいろいろあるのですが、結婚記念の写真を撮っていて、そこを横切って先に行く図々しさを持ち合わせなかったため、泣く泣く断念しました。
きれいな桔梗(たぶん)
線路を渡ってすぐの所に長勝寺があります。
線路脇にいきなり日蓮の文字。日蓮なんとか水とありますが、周りをいくら見渡しても何もありません。なしか、日蓮が杖で地面を着いたら水が湧いたとか言う伝説があったのを思い出したのですが、これがそれなんでしょうか?水が湧いてる感じもしません。頭に大きなクエスチョンマークをつけたまま、釈然としないまま長勝寺を目指しました。
なんか、すごい銅像がででーんと置かれているのですが、必然性がよく分かりません。
長勝寺を早々にあとにして、法性寺を目指すことにしました。スマホで検索したところ、名越切通しというところを通って行けるそうです。楽勝です。名越切通しを目指します。
名越切通しを目指して歩いていると、「あっ」。ありました。日蓮なんとか水の本体がありました。あとでネットでしらべたところ、さっきあった石碑は、こっちの本体を復元したことを記念する物らしいです。
とりあえず、これは当初は見ようと思っていなかったのでサプライズでした。ちょっと考えてみれば、鎌倉に入るのには切通しを必ず通る訳であり、そこから草庵までの道すがらのどが渇いたはずなので、そこにこれがあるというのは自然なことだなと妙に納得しました。
ここの先が名越切通しです。切通しといえば、昔学校で習った記憶があります。たしか山を削って路を作ったような所です。でも、目の前にある山は、結構高い山です。あれを削って、道を作ったのでしょうか。だとしたら結構削らないと行けないなぁ、と思いつつ先に進みました。
進むにつれてだんだん嫌な予感がしてきました。結構坂がきつい。切通しって言うけど、ほとんど削ってない感じです。イメージと違います。
うわー、この木を見て怖くなりました。密林ぽい。
完全に山道です。さっきまで市街地にいたはずなのに、鎌倉時代にタイムスリップした感じです。
こんな光景、ネットで見たことがあります。まさに熊野古道じゃありませんか。
まずいとこに来ちゃったなぁ、と思いましたが、あとには引き返せません。
ただ、結構案内板が充実しているので迷わず行けました。
開けたところに出ました。さて、法性寺はどこでしょう。日蓮が白い猿に導かれた洞窟があるはずです。白い猿の彫刻もあるはずです。
これかな?
これは本堂っぽい。
猿の石像がありましたが、なんか違うような・・・
結局見つからないので先に進むことにしました。結構急な坂を下りて、地上に降ります。
それらしい物も見つからず、結局下まで降りてしまいました。狐につままれたような感じでしたが、あきらめて帰ろうとしたところに案内表示がありました。
どうやら、さっき探したけど見つからなかったところに実は洞窟があったようです。この時点で、かなりの距離を下っていたので、また登るのか、それとも断念するか、断念しようかと思いましたが、また来ることもないだろうから登ることにしようと思いました。ここは地獄でした。途中、休み休みでないと登れなかった。
さっきの所まで戻ってきました。
ここがその洞窟のようです。なんか怖い写真です。
ここは、池上本門寺と比企谷妙本寺の奥の院だそうです。奥の院なんてあるんですね。しかも、池上本門寺ってかなり遠くなのにここが奥の院なんて。
とりあえず、当初予定していた物が見れたので帰ることにしました。白い猿の彫刻は結局見つかりませんでした。さっきの坂道をまた降ります。おりて、山門を出て振り返ったところ、「あっ」と思いました。白い猿の彫刻。
見つからないはずです。逗子側から入ればすぐに分かるけど、切通しから入ると最後まで分かりません。これでとりあえず当初予定していた物がすべて見れました。帰りは新逗子まで歩いて帰りました。
長谷寺から江ノ電に乗って鎌倉駅に戻る。
まずは辻説法の場所を探す。今回は事前に住所をメモっておいたが、意外と迷う。迷っている途中に本覚寺というのがあったのでついでに寄ってみた。
ここは日蓮の遺骨が分骨されており、「東身延」と呼ばれているらしい。しかし、どこに遺骨があるのか全く案内板がない。
ここは社務所っぽい。
ここは夷堂といって有名らしいのだが、ここなのかな?違うような気もするが一応写真に収めた。
このなんかぱっとしない建物だろうか?いちおう写真に収めた。
結局よく分からず、ここは当初の目的ではなかったので探すモチベーションもなかったので答えが分からないまま先を急いだ。(あとでネットで調べたら、どうやら最後の写真の建物がそうらしい)
住所表示をたよりに探したがなかなか見つからない。途中、川があったが、何気ない民家の風景なのに鎌倉はきれいだ。
小町2-22という住所に到着し、しばらく行くといきなりあった。
辻説法というだけあって、なるほど道路に面している。しかし、こんな路地裏のようなところで説法して、聞く人はいたのだろうか。
次に、当初の目的にはなかったが、駅でもらった観光パンフレットを見ると近くにあったため、妙本寺というところにも寄ってみた。
ここは特に日蓮の史跡という訳ではないようなのだが、結構大きなお寺だった。
ここでもあじさいが結構咲いていて、長谷寺からの流れでついシャッターを押してしまったが、そんなにあじさいばかりとってもしょうが無いと思い自重することにした。
次は安国論寺を目指した。思ったほど遠くは無かったように思う。現地について分かったのだが、安国論寺と妙法寺と長勝寺はごくごく近くにあり、いずれの場所も、日蓮が立正安国論を書いたという松葉ヶ谷草庵の跡と主張しているそうだ。これには面食らった。どこかに決めてほしいものである。
サザンカの老木。天然記念物らしい。
本堂。
ここは何ですかね。洞窟です。
どうやらここが執筆場所のようだ。
ヤマザクラの古木。
この中でしょうかね、執筆場所は。よく分かりません。というか、日蓮宗の寺院はあんまり案内がよくなく、もしかしたら観光客に対してあまりウェルカムじゃないのかなと思ったりしました。
富士見台というところがありますが、この日は見えませんでした。ここまで来るのに超きつい階段を上る必要がありました。おばあちゃんとかだったら上れないなと思いました。鎌倉はこのての超きつい階段や坂道が多いような気がする。昔の人は足腰が強かったのだろうなと想像した。
唐突感のある、異国の顔をしたお釈迦様。
これまた唐突感のある仏足石。長谷寺にもあったので、これを置くのがトレンドなんでしょうか。それにしてもどでかいのですが、これは実寸大なんでしょうか?お釈迦様って巨人だったのかな?足だけでかかったのかな?
次に、妙本寺に行きました。主張してます。
本堂です。実は、この先にいろいろあるのですが、結婚記念の写真を撮っていて、そこを横切って先に行く図々しさを持ち合わせなかったため、泣く泣く断念しました。
きれいな桔梗(たぶん)
線路を渡ってすぐの所に長勝寺があります。
線路脇にいきなり日蓮の文字。日蓮なんとか水とありますが、周りをいくら見渡しても何もありません。なしか、日蓮が杖で地面を着いたら水が湧いたとか言う伝説があったのを思い出したのですが、これがそれなんでしょうか?水が湧いてる感じもしません。頭に大きなクエスチョンマークをつけたまま、釈然としないまま長勝寺を目指しました。
なんか、すごい銅像がででーんと置かれているのですが、必然性がよく分かりません。
長勝寺を早々にあとにして、法性寺を目指すことにしました。スマホで検索したところ、名越切通しというところを通って行けるそうです。楽勝です。名越切通しを目指します。
名越切通しを目指して歩いていると、「あっ」。ありました。日蓮なんとか水の本体がありました。あとでネットでしらべたところ、さっきあった石碑は、こっちの本体を復元したことを記念する物らしいです。
とりあえず、これは当初は見ようと思っていなかったのでサプライズでした。ちょっと考えてみれば、鎌倉に入るのには切通しを必ず通る訳であり、そこから草庵までの道すがらのどが渇いたはずなので、そこにこれがあるというのは自然なことだなと妙に納得しました。
ここの先が名越切通しです。切通しといえば、昔学校で習った記憶があります。たしか山を削って路を作ったような所です。でも、目の前にある山は、結構高い山です。あれを削って、道を作ったのでしょうか。だとしたら結構削らないと行けないなぁ、と思いつつ先に進みました。
進むにつれてだんだん嫌な予感がしてきました。結構坂がきつい。切通しって言うけど、ほとんど削ってない感じです。イメージと違います。
うわー、この木を見て怖くなりました。密林ぽい。
完全に山道です。さっきまで市街地にいたはずなのに、鎌倉時代にタイムスリップした感じです。
こんな光景、ネットで見たことがあります。まさに熊野古道じゃありませんか。
まずいとこに来ちゃったなぁ、と思いましたが、あとには引き返せません。
ただ、結構案内板が充実しているので迷わず行けました。
開けたところに出ました。さて、法性寺はどこでしょう。日蓮が白い猿に導かれた洞窟があるはずです。白い猿の彫刻もあるはずです。
これかな?
これは本堂っぽい。
猿の石像がありましたが、なんか違うような・・・
結局見つからないので先に進むことにしました。結構急な坂を下りて、地上に降ります。
それらしい物も見つからず、結局下まで降りてしまいました。狐につままれたような感じでしたが、あきらめて帰ろうとしたところに案内表示がありました。
どうやら、さっき探したけど見つからなかったところに実は洞窟があったようです。この時点で、かなりの距離を下っていたので、また登るのか、それとも断念するか、断念しようかと思いましたが、また来ることもないだろうから登ることにしようと思いました。ここは地獄でした。途中、休み休みでないと登れなかった。
さっきの所まで戻ってきました。
ここがその洞窟のようです。なんか怖い写真です。
ここは、池上本門寺と比企谷妙本寺の奥の院だそうです。奥の院なんてあるんですね。しかも、池上本門寺ってかなり遠くなのにここが奥の院なんて。
とりあえず、当初予定していた物が見れたので帰ることにしました。白い猿の彫刻は結局見つかりませんでした。さっきの坂道をまた降ります。おりて、山門を出て振り返ったところ、「あっ」と思いました。白い猿の彫刻。
見つからないはずです。逗子側から入ればすぐに分かるけど、切通しから入ると最後まで分かりません。これでとりあえず当初予定していた物がすべて見れました。帰りは新逗子まで歩いて帰りました。
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